再生療法(エムドゲイン)について
歯周疾患によって失われた骨や歯周組織を再生させることは、歯科治療に携わる者にとっての大きな夢です。これまでは、機械的アプローチ(外科的に炎症部分を除去してそこに人工骨や他の部位から採ってきた自分の骨を満たす方法)しかありませんでした。歯周組織欠損部を さらに遮断膜で覆って骨や組織を出来やすくする効果的な方法も開発されましたが、治療結果に関する効果や予知性に限界がありました。そこで歯周組織発生の研究から考え出されたのが、生物の発生期に起こる歯周組織の発達を再現しようという生物学的概念に基づいたアプローチです。現在厚労省が認可した唯一の治療薬がエムドゲイン(以下EMD)です。これは歯牙が発生する過程で最初に発現する蛋白質群で主成分はアメロジェニンという物質です。全脊椎動物に共通の物質で少なくとも3億5000年前から存在し続けていることが分かっています。
したがってこの蛋白質が人の体内に入っても拒絶反応を起こすことがありません。この主成分が、スエーデンのカロリンスカ研究所のハマストローム博士により解明され日本でも1998年から臨床応用されています。外科処置後に歯根面にEMDを塗布することにより、まずセメント質が出来、そこから歯周組織や歯槽骨が誘導されてきます。現在EMDは食肉用に屠殺された生後約6ヶ月の幼若豚の発生段階の歯から抽出して作られています。豚からは狂牛病の病原体であるプリオンは発見されておらず、また歯胚は神経支配と無関係であるため安全であると考えられています。また未精製のEMDからはウイルスは発見されておらず、さらに精製過程は厳密に管理され、精製品自体は加熱処理されます。2002年の段階で50万件以上の臨床応用がなされていますが、アレルギー等の副作用は一切報告されていません。
エムドゲインは、保険適用外ですが、2016年12月に保険適用の歯周組織再生材としてリグロスが発売されました。エムドゲインが、エナメルマトリックス蛋白を主成分とする動物由来製品であるのに対し、リグロスは強力な血管新生作用と細胞の増殖誘導能を有するFGF2と呼ばれる線維芽細胞増殖因子を臨床応用した世界初の歯周組織再生材です。遺伝子組み換え技術を用いて製造されています。歯を支える歯槽骨や歯根膜を再生させる働きがあります。2001年から科研製薬が床ずれや皮膚潰瘍治療薬として販売していましたが、大阪大学の村上伸也教授を中心として10年以上の歳月をかけて歯科に応用しようと開発され、保険収載されました。エムドゲインと同等かそれ以上の歯周組織の再生が促進されることが明らかになりました。長期的にも歯周炎の悪化・再発のリスクを低減し、歯槽骨を維持することが確認されています。